大国とミドルパワーとに二分される世界
めまぐるしい日々
情けないことに、前の更新からかなり日が空いてしまいました...理由は複数の締切に追われていたからでして、突貫工事でそれらをやっと終わらせたのはいいのですが、他にも卒論提出直前の指導とかなにやらかにやら入ってしまいまして、なかなかまとまった時間を取ることが出来ませんでした。
前に更新したときにはトランプのベネズエラでの軍事作戦、マドゥロ首相の拘束の是非やら背景やらに世界は注目していましたが、今は国際ネタとしてはトランプのグリーンランド領有への強い意思とそれへの欧州の反発、そして国内ネタはなんと衆議院解散、総選挙。物事をすこし引き気味に考えるのも難しい状況です。
2026年が始まってまだ3週間しか経っていないのだけど...
ルールベースの国際秩序は終わったのか
そしてカナダのマーク・カーニー首相が、ダボス会議において、ルールベースの国際秩序が大国の行動によって脅かされていること、我々は新たな現実と向き合い新たな戦略を採るのは不可避なことを論じました。
ちゃんと彼の原稿全文を読まない生半可なリアリストは「そら、もう多国間主義は終わり」とか「これからは大国間の取引の時代」とか言い始めそうです。
ただ。カーニー首相の演説を読む限り、ルールベースの国際秩序が終わった、という単純な話ではないことに注意すべきでしょう。彼は、色々問題行動はあったにしても、ルールベースの国際秩序を維持する覇権国(具体的にはアメリカ)が支える、という構図が崩壊した、と述べているのだと解釈します。アメリカの覇権が「公海の自由、安定した金融システム、集団安全保障、紛争解決の枠組みといった公共財を提供」してきたからこそ、アメリカに逸脱があったとしても、その覇権に支えられたルールベースの秩序、という「フィクション」前提で、でこれまで多くの国家、企業、市民は振る舞ってきた。これは「フィクション」かもしれないが、アメリカが上記の公共財を提供しているという側面があったからこそ他の国にとってもそうした「フィクション」に乗ることが有用だった。しかしながらもうそうした構図が、アメリカや他の大国の行動によってぶち壊されたのだ、フィクションをフィクションとして受け入れるときなのだ、といっているわけです。