トランプだけが国際秩序を揺るがしているわけではない:国際報道2025で伝えそびれたこと
国際報道2025に出演!
私にとっての2025年の仕事納めは、NHKBS「国際報道2025」の年末スペシャル Voice to Voiceへのゲスト出演となりました。スタジオにはレギュラーの辻浩平キャスター、酒井美帆キャスター、藤重博貴キャスターのお三方の他、ロバート・キャンベル東大名誉教授と私のみ、の5人での番組進行でした。国際報道2025には視聴者の方から熱心なコメントや質問が多々寄せられるそうで、それらを集約し、それに答えつつ1年を振り返るという内容でした。これまで放映してきた様々なVTRを交えながら、様々な問いに対して言語化して答えるという作業を求められたことは、今考えていること、感じていることをきちんと整理しておく、という良い機会となりました。 一週間ほど、NHKプラスで視聴できるそうです。ご興味がある方は是非ご視聴ください。
ただ、私は非常に緊張しやすく、このときもガチガチでして、言葉はもつれるし、なんか話を上手くまとめられないし、冷や汗ものでした。前に日曜討論やNHKのキャッチ!世界の視点にも出演したことなど何度かあるのですが、それらの時も緊張してしまうのか、いまいちなんですよね...我ながら進歩ない...。それでもたまにお声がけいただき、自分の考えを世の中に広く伝える機会を与えてくださることには心より感謝なのですが、今回もやはり伝えそびれたこともあるな...とちょっと残念に思っています。それで、この場を借りて、番組内で触れた重要な部分とともに、触れられなかったこと、また触れたけれども十分には伝わっていないのではないかと考えたことなどを綴りたいと思います。
その前に一つ、読者登録をなさってくださっている方にはお詫びをしなければなりません。国際報道2025年末スペシャルへの出演のお知らせを皆様に送りましたが、そのお知らせの中では、この番組がスタジオに視聴者の方々も招くようなかきぶりをしてしまったのですが、これは私の全くの勘違いでした。上記にあるように、スタジオにはキャスターお三方と私とキャンベル先生のみでした。誤った情報を伝えてしまい、すみませんでした。
トランプに配慮せざるを得ない世界...
さて、この番組ではウクライナやガザの情勢、ネパールやフィリピン、インドネシアなどアジアの一部でのZ世代を中心とする若い世代の政府に対する抗議行動の広がりなど、様々な問題が取り上げられました。ただ特に番組前半部分において強調されたのは「トランプが変えつつある世界をどう見るか、それにどう対応すべきなのか」ということでした。ロシア・ウクライナ問題におけるトランプのロシア寄りの姿勢の他、具体的な事例としては各国に法外な関税率を提示した「解放の日liberation day」の影響が取り上げられました。タイが、アメリカとの間で自国への関税率を下げるための交渉において、牛肉のタイへの輸入を自由化するという妥協をしたことで、関税率は当初の37%から19%まで引き下げられたものの、タイの畜産業が逼迫しているという具体例も挙げられていました。
確かに、各国の今のところ対応を見ると、日本も含め、いかにアメリカ=トランプに納得してもらえるような譲歩案、妥協案を提示し、なんとか関税を下げてもらうか、に必死な印象です。関税を下げる交渉でトランプ政権は、①アメリカ製品の相手国市場へのアクセス拡大②アメリカの産業活性化に資する対米投資、を突きつけますが、新興国・途上国の場合は①中心、先進国は①と②両方、という大雑把な整理ができます。ただ、例えば東南アジアの中でも一人当たりGDPが12000ドルを上回り、基準としては先進国並みとなったマレーシアはアメリカと新たに結んだ貿易協定の中で対米投資も約束させられています。その代わりマレーシアに課される予定だった24%の関税率は19%に引き下げられましたが。
こうしたトランプ政権下のアメリカに配慮し、その意を得ようとする姿勢は、関税に関する交渉に限らず、ロシア・ウクライナ戦争がらみで、ウクライナや欧州諸国にも広く見られます。これは、結局、アメリカは国際秩序を維持する意思は後退させているものの、世界のトップの超大国でありつづけている、つまり軍事的にも経済的にも実力ナンバーワンである、という現実を反映したものでしょう。特に通貨金融の分野で、ドルが事実上基軸通貨として機能するシステムが世界を覆っていることはとても大きいと思います。
トランプ政権はアメリカの「国益」の内容を変えた
そしてトランプ政権下のアメリカが、これまでのアメリカの「国益」に組み込まれていた、リベラル国際秩序を支える役割を果たす、ということを全否定して、実際にそれに沿った対外政策を展開していることは、これまでの既存の秩序を大きく変えつつあります。
これは番組でも述べましたが、リベラル国際秩序は、①紛争や世界が共通で抱えている環境や開発、人権といった諸課題は、国連などをはじめとする国際制度や国際法などの国際的なルールで対応すべき、という国際協調主義の考え方②自由で開かれた貿易・経済システムを是とする考え方③人権や民主主義を普遍的価値と見なし、それを世界に広げていくことを是とする考え方、この三つの柱で支えられていました。そして、この秩序を支え、主導していたのがアメリカをはじめとする先進国だったわけですが、その中でもアメリカの力は大きかった。アメリカ自身が、こうした秩序を自分たちが支えることを国益であると考えてきたのがが冷戦後の時代でした。
しかし、トランプ政権はこうしたアメリカの国益定義を真っ向から否定しています。これは、2025年11月に発出された新たな国家安全保障戦略(National Security Strategy 2025:NSS2025)で明確に示されています。ちなみにこのNSS2025についての的確かつ詳細な解説として、慶應義塾大学の森聡教授が新潮社のweb雑誌『フォーサイト』に寄稿されたこちらの論考「第二次トランプ政権の2025年国家安全保障戦略を読む」を挙げておきます。
中国、および新興国の台頭とパワーバランス変化
確かにこの1年は正式な発足以前から、第二次トランプ政権やトランプ個人のパフォーマンスに翻弄されてきた気がします。しかしながら、リベラル国際秩序の変容、動揺をトランプ政権下のアメリカが加速したのが事実だとしても、トランプ政権やトランプのみが国際秩序を揺るがしているとみるのは違うと考えます。
一つは、先ほど述べたリベラル国際秩序はアメリカや西側先進国が圧倒的が優位な位置にあったことが基盤となっていました。しかしそのパワーバランスが変化しつつあるということです。もちろんその筆頭は中国の台頭ですが、それ以外のインド、インドネシア、トルコなどの新興国の台頭や影響力拡大も視野に入れる必要があります。
このことを数値の上でも確認するため、例としてG20諸国のGDPに着目しましょう。G20の加盟国は、G7(アメリカ、カナダ、イギリス、フランス、ドイツ、イタリア、日本)、およびオーストラリア、韓国といったそれ以外の先進国、アメリカの覇権を追う立場にある中国、それらに加えインド、ブラジル、ロシア、南アフリカ、アルゼンチン、インドネシア、メキシコ、トルコ、サウジアラビアといった世界の主な新興国がメンバーです。リベラル国際秩序を主導してきたG7と、今やアメリカに対峙する極となった中国、その他台頭する主な新興国を含んでいます。よって、とりあえずこれらG20加盟国のGDPに焦点を当てて考察してみましょう。
ここでは、2000年と2024年の2時点で、G20加盟国全体のGDPにおけるアメリカ、アメリカ以外のG7加盟国、G7以外の先進国、中国、および中国以外の新興国それぞれの占める割合を見ていきます。GDPばかりが国力を測る指標ではないのですが、これは一つの目安と考えてください。また、ここで見る図には、G20に加盟していない残りの国々のGDPは反映されていませんが、世界全体のGDPにおいてG20が占める割合は2000年代、2024年どちらもだいたい8割弱であり、大まかに世界のパワー分布の変化を見る、ということでここではG20加盟国に限ってみてみます。
出典:World Bank Dataの世界のGDPデータを元に大庭作成
出典:World Bank Dataの世界のGDPデータを元に大庭作成
どのような印象を持たれるでしょうか。まず、2024年時点においても、アメリカ、アメリカ以外のG7加盟国、およびG7以外の先進国の合計GDPは全体の60%を占めています。残りが中国及び新興国ということです。これだけみると、まだまだG7諸国の世界におけるパワーは大きいとも言えます。
しかし、過去と比べてみると、先進国の占める割合は低下傾向です。2000年時点での状況を見てみると、アメリカ、アメリカ以外のG7加盟国、およびG7以外の先進国の合計GDPは全体の84%です。先進国が圧倒的なパワーを持っている状況です。それに対し、中国が占める割合はこの時点ではG20全体の4%に過ぎません。そしてそれも含め、非先進国の割合は2割にも満たない状況でした。
ちなみに日本のGDPがG20全体の合計GDPに占めた割合ですが、2000年は約18.1%でしたが2024年は約4.6%。GDPばかりが国力を測る指標ではないとはいえ、経済力のみを外交力に変換していた時代とは異なる戦略がこの国には必要なのだと実感します。
日本についてはまた別の機会に話すとして、言えることは、G20内に限ってみても、G7諸国をはじめとする先進国の比重が低下傾向にあるということです。そして非先進国の中で特に突出して影響力を拡大しているのは中国なのですが、それ以外の新興国もじわじわと存在感を拡大させています。
私が言いたいのは、このように、中国や新興国といった非先進国が力を伸ばすことでパワー分布が変化していることが、従来の西側先進国中心のリベラル国際秩序のあり方を根底から揺るがす要因として働いているということです。今回の「国際報道2025」には、あまり中国の話は出てきませんでしたし、インドをはじめとする新興国の台頭、という話もありませんでしたが、こうした世界の多極化の進行は今後を見ていく上で押さえるべき重要ポイントの一つだと思います。
アメリカ以外の先進国のパワー低下
なお、アメリカの比重が低下しているとは言え割と安定していて、3割以上は維持しているというのも印象的です。アメリカのリベラル国際秩序を支える意思は減退しているが、アメリカの覇権としての実力が相対的にはともかく絶対的に落ちているとは言えないことが、ここにも示されています。そして、先進国内だけで見ると、アメリカ以外の先進国の割合が減退しているのも非常に重要なポイントです。これは、西側先進国が支えるリベラル国際秩序とはいえ、中でもアメリカが果たす役割が大きくなりつつあったことを示唆しています。だからこそアメリカの政策転換が非常に大きなインパクトを持つのでしょう。このアメリカ以外の先進国のパワーの後退については、別途考察する必要があります。
新興国で進む権威主義体制への傾斜ーそれでも彼らとの協力は今後必要に
二つ目として、中国の習近平体制が強権化していることはよく報じられますが、それ以外の、力を伸ばす新興国の多くでも、権威主義の強化、ないし回帰が起こっているということも指摘しておきます。上記のパワーバランスの変化、そしてアメリカの国際秩序や国連をはじめとする国際制度による世界に課題に取り組む役割からの後退(番組でも触れられていたUSAIDの解体はそれを示す例でしょう)、これらを受けて、これからはそれ以外のミドルパワーが連携してより秩序維持や世界における課題に取り組んでいかねばなりません。ミドルパワーには、先進国内で、アメリカのような大国ではないが一定の実力を持つ日本やオーストラリア、欧州諸国に加え、インドやインドネシア、トルコといった台頭する新興国もこうした実力を持つ国としてこのカテゴリーに含むことが可能でしょう。
しかし、これら新興国は政権や最高権力者への権力集中が進み、権威主義体制を強めています。世界最大の民主主義国を謳うインドのモディ政権のヒンドゥーナショナリズムに基づく強権体制はその端的な例です。トルコのエルドアン政権下のトルコ、プラボヴォ政権下のインドネシアも民主主義や人権の観点からしますと深刻な状況です。
つまり、世界において多極化が進行するということは、現実問題として、これまでのリベラル国際秩序で是とされていた規範の柱、特に民主主義や人権を普遍的価値としてそれを是とするという考え方を揺さぶっています。そしてミドルパワーが連携してより秩序維持や世界における課題に取り組んでいかねばならないということは、国連の専門機関含め、様々な国際的な場で、新興国の役割は増していくでしょう。強権体制にある国々の影響力拡大が、世界のあり方、国際秩序のあり方にどう影響するかも今後注視していく必要があります。
行きすぎたグローバル化の弊害をどう乗り越えるのか
最後に。リベラル国際秩序を支える柱の一つ、自由で開かれた貿易・経済システムそのものが行き詰まっており、それを乗り越えるための方策が必要という点も上げておきます。これは、特に冷戦後に主流となった新自由主義と結びつき、自由で開かれた貿易・経済システムがグローバル化を加速させたことの負の影響が、世界の様々な場で顕在化してきたことが、秩序変容に繋がっているということです。グローバル化の加速の中で、ビジネス主体が環境への付加を増大させたり、労働者の人権を脅かすような雇用に走ったということもありますが、もっとも大きな負の影響は、特に先進国内で見られた中間層の没落に伴う格差の拡大、そしてそれに伴う社会の分断です。
これがもっとも謙虚に見られたのはアメリカですが、ヨーロッパ諸国においてもすでにそのことは2010年代より指摘され、排外主義的な右派勢力およびそれらのサポートを受けたポピュリズムの台頭が、国民の分断を深め、民主主義が危機に陥っていることが指摘されています。アメリカのトランプ政権の誕生も、行きすぎたグローバル化による中間層の没落と、それへの根本的なサポートを十分してこなかった民主党政権含む歴代政権の政策的失敗が結びついて生じたと考えられます。トランプ流のやり方が正しいとは全く思いませんが、現在は「自由で開かれた貿易・経済システム」そのものの改革が必要となっている状況だということです。
世界はトランプ劇場だけでは回らない
2026年においても「トランプ劇場」は続くでしょう。特にこの年はアメリカでは中間選挙が行われるので、よりアメリカへの注目度は増すと考えられます。そして、先にも触れたように、アメリカは未だ世界ナンバーワンの実力を持っています。
しかし、国際政治も、世界も、アメリカの動向のみで決まるものではない。新興国の台頭によるパワーバランスの変化、またそれによる国際秩序を支える規範の変化の予兆、行きすぎたグローバル化の是正という課題への取り組みなど、他の長期トレンドにも目配りし、冷静に世界の動きを見極めることが一層重要となると思います。新興国の台頭や行きすぎたグローバル化についての指摘はさして新しくはなく、これまでも散々言われていたことです。しかし今年は特にトランプ旋風が吹き荒れたことで霞んだ印象があるので、ここであえてそれらの重要性を強調しておく次第です。
サムネイルの写真は、番組を見てくれた同僚が撮影して送ってくれたものです。番組中は全く気がつかなかったのですが、バックがこんなにおどろおどろしかったとは(失礼)。この写真を見て初めて知りました。しかし番組の中では、ここに映っているプーチンにもエルドアンにもあまり触れられず、ちょっと残念でしたね。BSは地上波に比べてかなり自由に番組を作れるようですが、この度はもっと尺が、時間があればなあと改めて思いました。
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